HIVが指導!「HIV感染症とエイズの違いがわからない?俺様の出番のようだな」

 

奈々(看護師):性感染症のなかで一番怖いのはHIV感染症/エイズというのは、おそらく全ての人の共通認識だと思うのですが、その認識度や危険度にもかかわらず日本国内のHIV感染者数やエイズ発症者数は増加傾向に歯止めがかかっていませんよね?

欧米の先進国は90年代から国民的な啓発運動を行った結果、現在ではエイズ発症者は減少傾向にある一方で、日本だけが増加傾向にあるって聞いたんですけど。

 

雅治(クリニック院長):うん。厚生労働省が発表している調査データによると、2014年に新規のHIV感染者として報告された数は1106人で、過去2番目の多さとなっているし、新規のエイズ発症者は484人で、過去最多となっているんだ。

新規のエイズ発症者とは、検査でHIVの感染が確認された時点で既にエイズを発症してしまっている状態、いわゆる「いきなりエイズ」と言われているものなんだ。

新規HIV感染者とエイズ患者の推移

あとで説明するけど、HIV感染しているだけの状態と既にエイズを発症している状態では、大きな違いがある。現在は治療法の進歩が著しく、エイズの発症前の段階なら薬を飲むことでHIVの増殖を抑えて、普通に近い生活を送ることも可能なんだよ。

現在、日本国内ではHIVの新規感染者とエイズの発症者の合計は年間約1,500人前後で推移していて、調査が始まった1985年からの累計数は2万3000人を突破している。

セックスを主な感染経路とするHIV感染症は、従来、粘膜が傷つき出血しやすい肛門を使った性交(アナルセックス)を行う男性の同性愛者に多く見られていたんだ。

一説によるとアナルセックスは通常のセックスに比べてHIVの感染リスクが10倍以上になるといわれているからね。

現在でも男性同性愛者のセックスと異性間のセックスにおけるHIV感染者の割合は4:1なんだけど、20代の若い世代に限定してみるとその比率はほとんど変わらなくなってきているよ。

近年は20代の女性の感染者数が増えているんだけど、「それって彼氏以外にもオトコがいて、エッチしまくってんるでしょ?」とイメージしている人がかなりいると思う。しかし、実際はHIVに感染した女性の80%はセックスパートナーは1人しかいなかったとされているんだ。

 

なるほど。ごく普通のセックスライフをおくっている女性でも感染リスクはあるんですね。

感染者全体に占める割合は約0.1%と低いものの、やっぱり母親としては"母子感染"も気になりますね。母親がHIV陽性の場合、妊娠・出産・授乳時に赤ちゃんを感染させてしまうリスクが約20%あるとされていますよね。

ところでHIVに感染してからエイズを発症するまでの流れはどうなっているんでしょうか? "HIV感染症=エイズ"と勘違いしている人も少なくない気がするんですが…。

 

HIV(ヒト免疫不全ウイルス):それは俺様が答えてやってもいいぜ。ん、誰だって? 俺様がHIV(Human Immunodeficiency Virus)だ! 普段は感染者の血液、精液、膣分泌の中に潜んでいるぜ。

ひとつ言っておくと、HIVの"V"はVirus(ウイルス)の略だから、よく見かける"HIVウイルス"という表現はおかしいぜ。まぁウイルスって付け加えた方が意味が通じやすいってのはわかるんだがな。

まあ、そんな些細なことはいい。それで、俺様が人間の体内でどのような悪さをしているか知りたいだと? 最近の人間にしては勉強熱心だな。今日は冬のボーナスが出た後で機嫌がいいから、ちょっとだけレクチャーしてやってもいいぞ。

お前ら健康な人間には、免疫機能、簡単に言うと外敵の侵入を防ぐための"防御システム"があるんだ。だからウイルスが侵入すると、いち早く反応して撃退することができるわけだ。

泥棒がセキュリティが厳しい家に侵入すると、警備会社や警察に連絡がいって、すぐさま"御用"になってしまうけど、仕組みとしてはあれと同じだな。

しかし、俺たちHIVは体に侵入したら他の物には目もくれず、真っ先に免疫機能を攻撃する。コイツさえ破壊してしまえば、あとは俺たちのやりたい放題だからな。人間界には"人を射んとせば先ず馬を射よ"という格言があるらしいが、まさにそれよ!

当然、俺たちHIVの攻撃に対して、免疫機能も「人様の土地に土足で入り込んでくるなんて、黙っちゃいられねぇ!」と反撃してくる。両者のせめぎあいは約5〜10年間も続くわけだが、これを「無症候期」といい、この間に自覚症状はない。

一応、感染者の約半数には感染から間もないころに、高熱や喉の痛み・腫れ、倦怠感、筋肉痛といったインフルエンザに似た症状が数週間だけ現れるんだが、これをHIV感染症の超初期症状だと疑う一般人はほぼ皆無だ!

その結果、大半の者はHIVの検査を受ける機会がないまま、俺たちに免疫機能が破壊されているのさ。そして遅かれ早かれ、俺たちHIVが完全勝利を収める日がやってくるというわけだ。

それでどうなるかだと? 免疫機能がほとんどないってことは、健康な体なら無害なウイルスや菌に感染しただけでも、肺炎をはじめとした多くの感染症にかかって、重篤な症状を引き起こしてしまうんだ。

これを「日和見感染」と呼んでいるのだが、ニューモシスチス肺炎、カンジダ症、ヘルペスウイルス感染症、真菌感染症、トキソプラズマ症、サイトメガロウイルス感染症など多くの種類がある。

エイズ(後天性免疫不全症候群)とは、HIVに感染して免疫が破壊され、この日和見感染症やカポジ肉腫、リンパ腫など合計23ある「エイズ指標疾患」のどれか1つを発症した状態を指しているんだぜ。

先生も指摘してたが、HIV感染症とエイズを同じと考えている人間が多すぎるぜ。

 

うん。こうして見ると、"死を避けられない"病気に思えるかもしれないけど、それは一昔前の話なんだ。新しい治療薬が相次いで開発されている今日では、エイズを発症する前に発見できれば、1日1回の飲み薬の服用でHIVの増殖を抑えて、失われた免疫力を回復させ、エイズの発症を抑えることができるんだ。

多剤併用療法(HAART)といって複数の抗HIV薬を同時服用するんだけど、これにより多くのHIV感染者は健康な人たちとほぼ同じ日常生活をできるようになったし、薬の服用で母子感染も1%以下に抑えられるので出産も可能になったんだ。

ただし、ウイルスを完全に排除する薬の開発にはまだ至っていないから、薬は生涯にわたって服用する必要があるんだ。

心身の負担だけでなく、経済的な負担も大きいから、普通に近い生活ができても"ほぼ治った"という感覚にはまだ遠いみたいだ。

 

クラミジア感染症、淋病(淋菌感染症)、性器ヘルペス、尖圭コンジローマ、梅毒などの性感染症に罹っていると、性器周辺の皮膚粘膜のバリア機能が低下しているから、HIV感染症の感染リスクも大幅に上昇するって言われてますよね。

しかし、これらの性感染症に感染しているということは、コンドームを使用しない無防備なセックスをしているケースが多いと思うので、仮にクラミジア感染症や淋病などに感染していなくもHIVに感染するリスクは十分にありますよね?

 

そうだね。「性意識の多様化」とか「性の自由化」、「性に対する開放的な考え方」という表現がしばしば使用されるけど、このことと性病の感染リスクに対して無頓着のまま無防備にセックスを繰り返すことは全く別の話なんだ。

近年、10代の高校生や大学生にクラミジア感染症や淋病が急増しているけど、このような状態が続けば彼らにHIV感染症が広がることも時間の問題ではないか、と専門家の間では危惧されている。

従来の性病の教育や啓発活動は、どちらかというと性感染症に感染していない人を対象にしてきたと思う。

でも性感染症に感染している可能性の高い若者が急増している現在は、彼らに一刻も早くHIV検査や性病検査を受けてもらうようにするための新たな啓発活動を積極的に進める段階にきているんじゃないかな。

 

HIV感染症やエイズは、愛している人から感染してしまったり、その逆に感染させてしまったりするので、精神的にも大きなショックを受けてしまいますよね。そうならないためにも検査がホント大切ですね。

HIVの検査は保健所なら匿名かつ無料で受けることができるんですよ。保健所によってはその場で結果がわかる「迅速診断検査(RDTs)」を実施していたり、希望者にはクラミジア感染症や淋病、梅毒などの検査も追加できるところもありますね。

ただし、検査を受け付けているのが平日の午前中限定だったり、週1、2日だったりするなど制約があるところが多いので、誰でも気軽にという感じではないかも…。

都合が合わない人は、有料(2,000〜5,000円)となりますが、最寄りの医療機関でもHIVの検査を受けることができますので、セックスの際にコンドームを使用しない人は1度検査を受けてみてはいかがでしょうか?

性感染症の中には尖圭コンジローマ、性器ヘルペス、梅毒などのようにコンドームでカバーできない場所に発症するものも少なくないけれど、HIV感染症はコンドームによる予防効果が高いので、パートナーには着用を徹底してもらいましょう!

 

最後に一つ注意しておこうか。輸血がHIVの感染ルートになることを防ぐため、献血を行う際にはHIVの検査が実施されるわけだが、献血制度の本来の目的を無視して、このHIV検査を無料で受けたくて献血ルームを訪れる人間が後を絶たないって話だぜ。

日本の検査体制は二重のチェックシステムが導入されて万全なんだが、完全無欠の100%ではない。2013年には献血者の血液を輸血した60代の男性が、HIVに感染したことが大きく報道された。

献血の際に記入が求められる問診票でも訊かれるが、もしもHIVやエイズの検査目的と判断された場合は、献血を断られる。恥ずかしい思いをして献血ルームから出てくるはめになるぞ。

無料で検査を受けたいのならば、保健所に行こうぜ。まぁHIVの俺が人間にこんなアドバイスをしてやる必要もないな。ちょっと喋りすぎてしまったらしい。そういう訳で今日はこの辺で失礼するぞ!